MT SECONDにはメンバーしか知らないルールがある。
ルールを逸脱した人間が向こう様であることが一目瞭然であるから最近の芍薬先生は冷静なのだ。
芍薬先生はいつも悲しそうな顔でひとりで歩いている。知らないおばさんにカートで体当たりされたり、食事中に裸足の足裏を見せられながら面と向かって威嚇するような位置に座られても、動じることなくYouTubeを楽しんでいるからといって何も知らないわけではないことをむこう様はきっとご存知ないのだろう。
芍薬先生は私たちも驚くほどの勘の鋭さがある。一度も出会ったことがないむこう様を的確に見抜くことができる。
「なぜこの時間にわざわざ」という疑問点からあらゆる謎を解いてしまう。
ふわふわした雰囲気と、やんちゃな雰囲気と、内気で怖がりなイメージの根底に何を持って生まれてきたのは不思議なほどに先生には膨大な不思議なエネルギーがある。
「椿ちゃんはなんでそんなにわかるの?」
「目の動き、態度、言葉の感覚、体の傾き、それから歩調の速さ。別に直感力ってわけじゃなくてたぶん人間の機微を無意識に瞬時に分類して判断しているから勘が鋭いって感じるんだと思う」
恐れ入った。
JERUSALEMたちは気骨が強いものの芍薬先生のような超人的な勘の良さはない。
ちなみにではあるが、芍薬先生は勘の鋭さをむこう様から「知覚過敏のバイキン」と言われたことは記憶に新しい。
「替え玉入学って昔有名だったの知ってる?今はマスクだから替え玉ってやりやすいよね。入学試験だけじゃなくて、学校とか会社も替え玉出席って可能なんじゃない?」
ゲラゲラ笑う私たちに対してElegant Angerたちは厳しい表情を崩さなかった。むこう様の二枚舌でどれほど被害を被ったかわからない。それ以上に芍薬先生との仲介に対して嘘をつかれていたことが我慢ならないらしい。物理的にいつでもそばにいられないからこそ、その怒りはリミットをすでに超えているらしかった。
むこう様は信用問題、金銭問題も含めてどう後始末をつけるのか。私たちの知ったことではないものの、どう落とし所をつけるのか。
私たちは思う。
いくら崇められ結束を固くしていても、仲間が困っているときに誰も助けないようなコミュニティはすぐに崩壊することを。スーパーで商品を落としてしまったとき、バツが悪そうにひとりで拾っている女性に声をかけない仲間など私たちなら仲間だと思わない。
芍薬先生は俯き加減にこう答えた、
「なんか、かわいそうだった。私は向こうからしたらむこう様になるからお礼を言いたいのに言えない、そんな不自由に見えて、かわいそうだった」。
芍薬先生という人は等身大の人だ。格好つけたりもする。でも格好つけて逆に格好悪くなってしまったときにそれを笑い話にできる客観能力がある。
いい文章を書いても、地位が高くなっても、名誉をもらっても、芍薬先生は変わらない。変わらないことをひとつ義務にしているようなところがある。
「みんなと友達でいられなくなるのが一番怖い」
ひとりっこだ。寂しがり屋だ。血縁の家族も親戚もJERUSALEMと元取締役のために捨ててしまった。
芍薬先生には私たちがどうしても必要なのだ。少しこそばゆいけれど、嬉しかった。そしてそれが私たちのプライドだったりもする。
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