「宴もたけなわとなってまいりましたが、」
口火を切ってくれたのはMT公会堂の主査を担っている男性だった。私たちはいよいよかと思ったし、海外の家族たちは互いに顔を見合わせていた。
「じゃあ、椿ちゃん」
「え、でも、おじちゃん代表して言ってよ」
「いや、MT SECONDはおじちゃんたちがはじめたものではないから」
献灯も祈祷も真剣な顔で芍薬先生の手を握ってくれていた。恋人や夫婦というよりもずっと兄弟に近い、そんなふうに思うから私たちは彼らを見ていても男女のいやらしさよりも爽やかさを感じて応援したくなるのだと思った。
「小説を一旦、一点集中にシフトします」。
画面の向こうからどよめきが起こる。MT公会堂の主査の友人たちはさほど驚いた様子もない。きっとホットラインで事情は聞いていたのだろう。
「色々あって、6月までか、、、もしくは7月に入っちゃうかもしれないけれど、今連載している作品は定期リリースを休止します」。
奉祝がソファから立ち上がることもなく、立ち膝で俯きながら話を受け取って続けた。
「椿の初めての社会派小説にして最高傑作にするつもりでいる。もちろん俺たちは物理的にそばにいられるからサポートしていく。見守ってて」
中東の街々はなんだか色気がある。いくつもある画面のひとつにはレバノン杉が背景に映り込んでいる。
中国の夜はオリエンタルで、トゥーランドットの世界そのもので、武漢で3年前に発生したと言われているコロナさえも夢のような感覚にさせられる。
ラスベガスの色とりどりの建物も、スペインのホテルの外から漏れ聞こえてくる喧騒も、私たちに不思議と一体感を与えてくれた。
「It's a small world」
世界はせまい、世界は小さい、世界はただひとつ。
およそ14インチの画面の中に世界が収まっている。
パソコンひとつにしても、実現のためには多くのテクノロジーと叡智の結集が歴史のそれぞれのステージであったに違いない。
「私はこの小さな世界をより小さく狭くたったひとつの世界にしたいと思っている」
「椿ちゃん、おじちゃんからもおじちゃんの友達には直接話しておくから」
主査が直接話す、が意味するところはもちろん「世界は小さく狭くたったひとつにする」という私たちの目標であることは皆が理解した。決して鶴の一声を意味してはいない。
ゴールデンウィークに大きな訃報に触れたサンクトペテルブルク。すっきりしない空が広がっている。日本のMTの惨状がここまでだとは、、、そう感じて言葉を失ったのだそうだ。
レニングラード包囲戦が単なる籠城作戦ではなかったことを芍薬先生に教えてくれたのは「ロシアのおじちゃん」と先生がはじめて信頼したロシア人男性だった。
「早く湯治に日本に来れるように私たち頑張るからね。それまで健康でいてね」
目を細めてサムズアップするロシアのおじちゃんに芍薬先生は思わず涙を流していた。
銀河の行軍は望遠鏡で海の彼方に敵艦を見定めた。行進曲さえ耳に入らない集中力で芍薬先生はこう宣言した、「天気晴朗ナレド波高シ」。
バルチック艦隊を破った日露戦争になぞらえたこの宣言に今は友として、健康を心配し合うロシアのおじちゃんは大きな拍手を送ってくれた。
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